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千葉地方裁判所 昭和33年(ワ)249号 判決 1960年1月30日

原告 安藤この

原告 安藤富子

右両名訴訟代理人弁護士 安部正一

被告 丸山まるよ

右訴訟代理人弁護士 柴田睦夫

主文

一、原告等の請求は、孰れも、之を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、貸金の支払を求める部分の請求について。

訴外亡安藤仁三郎が、原告等主張の頃、その主張の金員を被告に貸付けたという点に関する証人丸山勝竜の証言並びに原告本人安藤富子の供述は、被告本人の供述に照し、措信し難く、他に、右貸付の事実あることを認めるに足りる証拠がないので、右貸付の事実のあることは、之を認めるに由ないところである。

故に、右貸付の事実のあることを前提として為された原告等の貸金の支払を求める部分の請求は失当である。

第二、家屋の明渡並に賃料及び損害金の支払を求める部分の請求について。

訴外亡安藤仁三郎が、本件建物を、原告主張の頃から被告に賃貸し、同訴外人の死亡後、原告等が、その共同相続人として、その貸主たるの地位を承継したこと、被告が、昭和三十一年一月一日から同三十三年六月三十日までの賃料合計金七万五千二百五十円の支払を延滞したこと、及び原告等が、被告に対し、昭和三十三年七月二十五日、右延滞賃料支払方の請求を為し、翌八月十二日、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為したことは、当事者間に争のないところである。然るところ、被告はその主張の理由によつて、契約解除権は未だ、発生して居かつたのであるから、右契約解除の意思表示は無効であると抗争するので、審按するに、賃料の支払期が、毎月末日の約定であつたことは、成立に争のない甲第二号証によつて明白であるから、(この認定に反する被告本人の供述は措信し難く、他に、この認定を動かすに足りる証拠はない)、右延滞賃料は、昭和三十三年七月一日に於て、その全額について、その弁済期が到来して居たものであると云ふべく、又、成立について争ないの甲第三号証の一によると、原告等は、単に「至急」御支払下され度いと請求したのみで、「相当の期間」を明示していないのであるが、その趣旨とするところは、相当の期間内に、可及的速かに、その支払を為され度いと云ふ趣旨であると解せられものであるから、その支払請求は、右延滞賃料債務についての履行の催告として適法且有効であると云うべく、而して、本件の債務は、金銭債務であり、而も、その金額も旅館営業を営む被告にとつて、(この点は被告本人の供述によつて認める)、多額の金額であるとは認め難く、又、手持現金がなければ、銀行その他から金策し得べく、而して、右履行の催告が被告に到達した日である昭和三十三年七月二十五日は、金曜日であつて、(この点は、公知の事実である)、この日及びその翌日の土曜日、その種の用件を達することは難しかるべく、従つて、その翌日曜日からその準備に着手するとするならば、三日間もあれば、その目的を達し得るものと思料されるので、右催告に於て、原告等によつて定められた相当の期間は、右催告が被告に到達した日である右七月二十五日から起算し、五日間であつたと認定するのが相当であると解せられるところ、成立について争いのない乙第四号証と証人高橋和子、同鶴岡利雄の各証言と被告本人の供述と前記争のない事実とを綜合すると、被告は、原告等から、前記の日に、前記延滞賃料の支払請求を受けたので、直ちに、その支払の為め、銀行から借入を為さうとしたが、その日は、前記の通り、金曜日であつて、而も、既に、午後で、仕事も多忙であつた為めに、借入の申込を為すことが出来ず、翌日は、土曜日、次は日曜日で、これ又、それが出来ず、止むなく、月曜日である翌二十八日に、千葉相互銀行市原支店から金七万五千円を借入れて、その履行の準備を為した後、翌二十九日、訴外鶴岡利雄をその代理人として、原告等宅に赴かせ、原告安藤このに対し、口頭を以て、その受領方を申入れたところ、同人は、その養子である原告安藤富子の夫訴外安藤昭が、出張不在中であつて、領収書が書けないこと等を理由として、その受領を拒み、その際、八月五日頃には、右訴外人は帰宅するから、同日、再度来宅せられ度いとのことであつたので、被告は、之を了承し、右の日頃、前記訴外鶴岡利雄を再度原告等宅に遣はし、原告安藤このに対し、口頭を以て、その受領方を申入れたところ、同人は、右訴外安藤昭の帰宅が同月十二日まで延びたからと云ふことで、その受領方を拒んだので、被告は、右訴外人の帰宅する日である八月十二日にその支払を為さうとして、その日を待つて居たところ、同日に至り、突然、原告等から、被告が、原告等の支払請求に応じないものとして、前記賃貸借契約を解除する旨の通告を受けるに至つたものであることを認定することが出来、この認定に反する証人安藤昭の証言並に原告本人安藤富子の供述は、前顕各証拠に照し、孰れも、措信し難く、他に、この認定を覆すに足りる証拠はなく、この認定事実によつて、之を観ると、右賃料支払債務は、持参債務ではあるが、(この点は、成立に争のない甲第二号証によつて認定する)、共同債権者である原告安藤このに於て、被告の再度に亘る口頭による延滞賃料受領方の申入に対し、その都度、その受領を拒絶して、その受領方を延期したばかりでなく、その受領日と定められた日であると解せられる八月十二日に、原告等は、その約定日であることを無視し、被告が右延滞賃料の支払請求に応じないものとして、契約解除の通告を為したことに徴すると、右原告は、右延滞賃料の受領を拒絶したものと解するのが相当であつて、而も、本件の様な場合に於ける共同債権者の受領拒絶は、その中の一人によつて、それが為されても、全員について、受領拒絶が成立するものと解するのが相当であると解されるから、(これは、共同相続によつて取得した、共同貸主たる地位に伴う共同の賃料債権は、一種の連帯債権であると解されるが故である)前記履行の催告によつて定められた期間内履行の不履行については、債権者である原告等に受領遅滞があると云ふべく、従つて、原告等に於て、その責を負はなければならないものであるから、被告には、その不履行の責任はなく、契約解除権は、未だ、発生して居ないものであると云はざるを得ないものである。而して、契約解除権なくして為された契約解除の意思表示が、無効であることは、多言を要しないところであるから、原告等の為した前記契約解除の意思表示は、無効である。

然るところ、原告等の本件建物の明渡並に賃料及び損害金の支払請求は、右契約解除の意思表示が有効であることを前提とするものであるから、その請求は、その前提に於て、既に、その理由のないことが明白である。

故に、爾余の点についての判断は、之を省略する。

第三、結論。

以上の次第で、原告の本訴請求は、全部、失当であるから、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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